2019
5/26

BOOK

COMMENT:0

姑獲鳥の夏

著:|出版社:

「シュレディンガーの猫」

昭和27年。

戦後間もない東京で奇妙な事件が起きる。

その事件の内容とは
「20箇月もの間、子供を身ごもった女と
ある日、忽然と姿を消したその夫」

そんな駅のクズ箱に捨てられている三文雑誌
の見出しのような事件の内容に
興味を持ったこれもまた三文文士がいた。

文士は、事件に欝々と考えを巡らせ
いつもの様に少しも答えが
纏まらないとなると、決まって
そのいい加減に伸びた坂を登る。

その坂を上がった先が
目指す古本屋であった。

サービス業のサの字も頭にない
古本屋の店主は、旧友である文士を
一瞥すらせず
商品なのか、私物なのか判断が付かない
本を読み続けていた。

文士は、店主の顔を見ずに
独り言のように
世間話をしたあと
事件の話を相談し始める。

そのうわ言のような説明を
適当に聞き流した店主は
こう言い放つ

「この世には不思議なことなど何もないのだよ」

そんな事に首を突っ込むなら
少しは売れる小説を書けと一蹴した
店主の忠告を聞かず
事件の怪しい魅力にのめり込んでいく文士。

そして、事件の真相は
思いもよらない形で、人々を巻き込んでいく・・・

———-

皆さんは、徳川家康の存在を疑った事は
多分、ないと思います。

でも、皆さんは、家康には会ったことは
ないはずです。

では、何故?皆さんは、家康の存在を
信じるか?
それは、家康の存在を示す多くの記録が残っているからです。

では、皆さんは、「となりのトトロ」
の存在を信じますか?

トトロだって
記録が残っているという意味では
家康に引けを取らないのです。

目撃者の証言も鮮明なカラー動画で記録に残っています。
「ほんとだもん! 本当にトトロいたんだもん! ウソじゃないもん!」

でも、多くの人は
泣き叫ぶメイちゃんを無視して
家康は存在しただろうけど
トトロは存在しない。と言うでしょう。

しかし、実は
家康もトトロも、さっき確かに挨拶したお隣さんも
自分の身内でさえも
自身の記憶と記録の中にしか存在しないもの。

ご存知の通り、記憶は極めて曖昧でいい加減なものです。
だから、人は出来る限り正確に
外部記録を取る事で
あらゆる存在を自身に、他者に伝えようとします。

でも、残念ながら、その方法も
確かではなく
僕らの存在に不渡りが出た時には
実は、どこにも担保されていない。

まぁ当たり前と言えば当たり前体操のような
話ではありますが
詰まり、僕たちは
どこまでも曖昧な存在なのです。

本作は、
そんな僕たちの認識する仮初の世界が
重なり合う時に引き寄せられた
分子のお話。

———-

「現実あるがままここにある訳でも
ここに伝わる訳でもない」

こんな記事もあります。「地下の読書倶楽部」の記事をランダムに 7 件表示中

コメント一覧

コメントはまだありません。

コメントを残す

お気軽にコメントをどうぞ。
メールアドレスが公開されることはありません。 [ * ] のあるものは必須項目です。