2014
11/09

MOVIE

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公開年:2011年| 製作国:アメリカ

「時は金なり」

現実世界の我々も生きるかもしれない
そう遠くない未来。

すべての人々は、技術の進歩により
プリンプリンの25歳から老うことのない人生を送っていた。

しかし、その永遠の若さと引き換えに
すべての人々は
常に、恐怖新聞ばりに死神に残り時間を
宣告されながら生きていかなければならなかった。

持つ者も持たざる者も、8時だよ!全員集合!と言わんばかりに
完璧に死が管理された世界で
人々は、どう生きたいと願うのか?

———-

本作のテーマはきっと幸福論というやつです。

まず、「持つ者の憂鬱」これを考えます。

作中での「持てるもの」これは寿命と富です。

巧くいけば、持てる者は現文明が続く限り
何千年でも生きられるようです。

(まぁ大きな革命とかが起きなくても、
そんなに、続かないと思いますが・・・・)

まぁそれはさておき、多くの人々が夢見た
「不老不死と莫大な富」を
手にした人間は、自分の人生に
どうけりをつけるのでしょうか?

それとも、まさか永遠に生きるのでしょうか?

レオナルド・ダ・ヴィンチのような
ぶっ飛んだ天才であれば
永遠の時を、飽くなき探究心と
尽きることのない独創性に費やすのでしょうか?

もはや、それは想像がつかない神の領域です。

そんで、「持たざる者の怒り」これを考えます。

新世界の持たざる者は、
富裕層と変わりなく年をとりません。

これは、幸福な事かも知れません。

しかし、旧世界の持たざる者と新世界の持たざる者が
もう一つ決定的に違う事は、
例え個人が、社会のレールに乗れなくても
路上生活、仙人のような山暮らしは、送れないという事です。

「家がなくても、3回食えなくてもいい、
何故なら我々には自由がある!」

本作では、そんなリスクを背負っても自由は、手に入りません。
しちゃうと、1日で死にます。

仙人はまだしも、路上生活をする位なら死んだ方がまし。
そんな意見もあるのでしょうか?

しかし、それは、個人が決める事で
他人、ましてや国家が決める事ではないはずです。

それに、路上、公園生活を経て
また違う人生を歩みだす人もいると聞きます。

仮に続けてても、それは、その人の生き方です。

おっと話が少しズレました。

本作の持たざる者が置かれた状況を纏めますと
まず、住む場所を指定され、次に強制労働をさせられ
走れなくなったものは、殺される。
まだ走れるものも、一歩間違えば殺される。

現実世界でもかつて
このような世界が存在しました。

それは、ゲットー、強制収容所です。

ゲットーで住まわされた彼らは、
ホームレスのような自由すら選択出来なかったはずです。

何故なら、彼らを管理する国家は彼らに自由を与えるどころか、
未来を与えるつもりは、なかったのですから。

自由があるとは、なにか?
幸福とは、なにか?
それは、脅かされて初めて気付くものなのかも知れません。

———-

巨人師匠は言います。「時は金どころじゃないよ」

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